-2005-2006年度 第8号 週報NO.1427-
2005年( 平成17年)8月26日 
第1427回例会記録9月2日発行


スマイルボックス

吉橋 佐千男SAA
 

松田親明君(横浜保土ヶ谷R.C ) お 世話になります。

山本登君 阪神、お尻に火がついてきましたが、逃げ切ります。

江森国一君 [1]古川先生、いろいろとありがとうございます。 [2]本日30 周年実行委員会を開催いたします。

月山勇君 古川先生、昨日は“世界で一番飛ぶ小道具”を有り がとうございました。小道具で一番飛んでたら、とっくに世界 一になっていたと思いますが…

永井隆俊君 [1] 古川先生、一昨日と、今日もご配慮ありがとう ございました。[2]河野会員、会社の大事な資産をお借りしまして申訳ございません。本日、米山奨学委員長会議で使用させて いただきます。

古川陽太郎君 [1]会員の皆様にはお久し振りです。先週の例 会はさぞかし静かで心が和んだことと存じます。今週からまた 騒々しくなりますが、宜敷くお付き合い下さい。[2]永井隆俊さ ん、先日は有難うございました。[3]田中龍太郎さん、本日のイニシェーションスピーチ楽しみにして居ります。

河野明光君 田中龍さん本日の卓話楽しみです。

西山潔君 [1]河野さんビールがめちゃくちゃおいしいです。 ありがとうございます。[2]古川先生、無事御帰還おめでとうご ざいます。[3]田中龍太郎さんイニシェーションスピーチ頑張っ て下さい。

須永久一君 古川先生、先日は、ハワイのお土産ありがとうご ざいました。

川邉正男君 本日社業の為早退します。

森永正昭君 田中さん、本日の卓話楽しみにして居ります。

角田伯雄君 田中龍太郎さんイニシェーションスピーチ頑張っ て下さい。

田中栄君 古川先生、飛んでがんばります。

吉橋佐千男君 [1]田中さん本日のイニシェーションスピーチ楽しみにしています。[2]西山さんチタンのすごい歯を作っていた だきありがとうございました。タイ語のRの発音もバッチリ できて明日から楽しみです。




8月26日 14件 26,000円
本年度累計額 463,410円

 


卓 話


 + + イニシェーションスピーチ+ + 


田中 龍太郎 会員


本日は皆様お忙しい中、多数お集りいただきありがとう ございます。自分の事を30 分間話すというのは、恐らく 初めてのことなので、どうなるか見当もつきません。人の 事となると、人間いくらでも話せるのにと思うと不思議な ものです。さて、私は、本年2 月に、山崎様、鈴鹿様のご紹介をい ただき入会させていただきました。既に一部の方々とは、 ゴルフコンペを通してお話しをさせていただいております が、まだ多くの方々にとっては、彼はところで誰だという ところでしょう。折角いただきましたこの機会にあらため てご挨拶をさせていただきます。 私は昭和27 年3 月18 日に横浜の神奈川区の現住所にて生まれました。小学校は、地元の大口台小学校、中学、 高校は三春台の関東学院に通いました。大学は慶応義塾大 学の法学部政治学科を卒業しました。現在は、神奈川ロイ ヤルゴルフクラブというゴルフの練習場を経営しておりま す。 中学時代は軟式テニス部に入っていました。高校ではク ラブに入っておらず所謂「帰宅部」というところでした。 勉強はあまり好きではなかったですが、結構頑張り、成績 は良かったような気がします。 大学に入学した時に、新入生へのクラブ紹介があり、レ スリング部の勧誘を受けました。丁度その時の私の体重と 同じ52kg 級の選手がいなくて探していたようです。理由を聞いてみると私の首と太股が気に入ったということでし たが、興味がありませんでしたので丁重にお断わりしまし た。いろいろと廻り、結局ゴルフの同好会に入ることにし ました。これがゴルフとの出合いです。家がゴルフの練習 場をやっていたので意外と思われるかも知れませんが、こ の時まで、ゴルフクラブを握ったこともなく、家で練習を したこともありませんでした。それから自己流でやってき て、今まで先生についたことはありません。しかし経験上 これからゴルフを始めようとされる方、うまくなりたいと 思われている方は、良い先生、指導者を見つけて習うのが 一番の早道であると思います。今はレッスンプロもレッス ン方法をよく工夫しており、技術、資格等も整備され、接 客に気を配るようになり、全体的にレベルも上がっていま すので、是非プロの指導者に習うことをお勧めします。私 がゴルフを始めた30 年以上前は、練習場にいるプロにレッ スンを受けるというのは中々勇気のいることでした。と 言いますのも、お金のない学生がレッスンをプロにお金を 払って受けるというようなことは考えられませんでした。 今は、ゴルフのプレー代は大分安くなってきましたが、当 時も今もお金のかかるスポーツであることには変わりはあ りません。贅沢な遊びということで未だにプレーに税金が かかるというのも変な気がしています。 当時、学生時代はゴルフコースと提携をしてキャディー のアルバイトをやり、ただでプレーをさせて貰ったり、コー スの休業日に試合をしたり、学生の税金免除の手続きをし てプレーしたりと結構苦労しました。ただキャディーのア ルバイトはいろいろと勉強になりました。人は見かけによ らないということが良く分かったものです。紳士然として いても実は何があってもキャディーのせいにする人は一番 大変でした。ボールは最後にどっちに跳ねたまで見ていな いとピンポイントでは探せません。芝の読み方距離感なん て当時まだわかりませんからどうしたんでしょうねぇ。大 学のクラブではルールそしてマナーについては非常に厳し く教えられました。グリーンの旗竿(ピン)は抜いたら必 ずグリーン外へそっと置け、グリーン面は大切に扱え、カッ プ廻りは傷つけないように注意しろ。ピッチマークは必ず 直せ、バンカーは低いところから入って出ろ、必ず均せ。 暫定球は必ず打て等々。当り前の事ですが、これらの教え は今でも役に立っており、先輩に感謝しています。 大学に入ってのゴルフの話ばかりしていますが、勿論勉 強もしていました。大学の勉強は、好きなものをやれるの でその点は高校と違い興味を持って取り組めました。成績 もそれなりに良かったような気がします。 さて、大学も3 年になったある日、小学校の同級生か ら突然電話があり、お前の親父ライオンズクラブだよなと 言ってきました。よく聞いてみると、ライオンズクラブで 夏季に青少年の交換留学生制度があり、お前も申し込んで おいたからということでした。父親に聞いてみるとクラブに聞けということなので確認をすると、メンバーに入って いるとのことでした。メンバーはクラブメンバーの子弟と 推薦、選抜をされた高校生で、大学生と高校生が半々位だっ たと思います。行き先はエリアであるネバダ州、カリフォ ルニア州の都市で、私はサンディエゴに決まりました。早 速、ホームスティ先から手紙が来るというようにすべての 準備は進んで行きました。当然、相手先の子弟を我家で面 倒を見ることになります。実際のホームステイは大学4 年 の7 月〜8 月にかけての6 週間でした。サンディエゴは 横浜の姉妹都市ということもあり、歓迎を受け、気候も良 く楽しい時を過ごしました。 しかし帰国して大変なことがわかったのです。7 月の就 職試験をどこも受けていなかったのです。わかっていた こととは言え、9 月の新学期に大学に行ってから自分が置 かれた状況に愕然とした訳です。時はまさにオイルショッ クの頃です。就職難です。仕方なく10 月に学校で紹介さ れた日本郵船の子会社の郵船航空という会社に内定を貰い ました。航空貨物と主に海外旅行を扱う会社でした。とに かく手っ取り早く海外に行きたいというのが志望理由でし た。翌年4 月入社しての配属先は旅客部でした。海外出張 をする人のスケジュール作成、パスポート取得案内、航空 券の作成、ビザ取り、ホテル予約などでした。団体旅行の 添乗員もやり台湾にも何回か行きました。入社して5 年目 に念願が叶いニューヨーク支店の駐在ということになりま した。ただ、いくらビザを取るのが仕事とは言っても、駐 在員のビザというのは、E- 1 というカテゴリーであり、エ グゼクティブ、管理職です。学歴、職歴、また実績とも 申し分なく、彼こそが適任であり、余人をもって代え難い 人材であるというリコメンデーションレターを自分で作成 し、上司のサインを貰い、アメリカ大使館の領事部に行っ て面接を受けた訳です。よくこんな28 才の若造にエグゼ クティブのビザを出したものです。今は事情が変わり、現 地の人を優先して雇うということでこのようなことは無理 のようです。とにかくアメリカというのは懐が深いという か冗談がわかるというか、大きな国だと変に感心したもの でした。 1980 年2 月、今はなきパンナムの直行便でニューヨー クに入りました。ニューヨークは当時、日本人にとって観 光地としては一般的ではなかったですが、ビジネスシーン では北米における日系企業の本社機能が集まるところで大 変活気がありました。私の会社はマンハッタンの42 丁目、 グランドセントラルステーションの上にあるビルの中でし たが、私は三菱系企業の殆どを担当していたこともあり、 三菱商事の本社ビルの中に間借りをして仕事をしていまし た。仕事は日本でやっていたことと同じで航空券の作成、 レンタカー手配、ホテル予約、列車の乗車券の発行、日本 から来た出張者の航空券の切換え再発行、駐在人の人の休 日の旅行の手配その他諸々何でもやりました。また間借りしていた部屋がカフェテリアのとなりにあったため現地 雇の人の溜り場と化し彼らの悩み相談に乗ってあげたりし ました。彼らは私を現地雇いだと思っていたため仕事はや り易かったですね。日本から行って驚いたのは当時既に機 械化、すなわちコンピューター化が年ごとに進み、ひとり で予約、発券、日程表作成、請求書作成まですべてできた のにはびっくりしました。時はまさにレーガンのデレギュ レーション(規制緩和)で大きく動いている時でした。仕 事も忙しく、一緒に働いていたのが、はたちの金髪のロレー ンと20 代のスパニッシュ系のプエルトリカンのエリザベ スの2 人の女の子との仕事ですからそれは毎日会社に行く のが楽しかったですね。この時程こんなに会社に行って仕 事をしたいと思ったことはないですね。仕事は忙しかった ですが、土、日はゴルフに行きました。パブリックコース はたくさんあり当時1 日5 ドル位でまわれたと思います。 メンバーコースも予約さえ取れれば、15 〜20 ドル位だっ たと記憶しています。今ではもっと高いようですが、日本 と違って諸経費なんて取られませんから安いです。プレー は当然すべてセルフですが手引きカートを借りても1 ドル 位でした。キャディバッグを担いで1 人で廻ったり、夫婦 でのんびりとゴルフカートを借りて廻っていたり、混んで いればどんどんパスして行ってしまいます。クラブハウス の雰囲気も非常にカジュアルで日本のゴルフ場しか知らな かった者にとってはとても新鮮に見えたものです。またク ラブハウスで結婚披露宴をやっていたこともありました。 こんな使い方もあるんだなあと感心したりしました。 さて、駐在も4 年目に入り一人暮らしも面倒になり、予 てより交際のあった今の妻と結婚しました。会社から2 週 間の休みを貰い日本に帰り、結婚式披露宴を行い、ニュー ヨークに戻る途中にハワイ、サンディエゴに寄ったのが 新婚旅行でした。1 年後には長男が生まれ生活ががらりと 変わりました。それまで知らなかったのですが、その時住 んでいたルーズベルト島のアパートにまったくの奇遇で高 校、大学共に1 年下の国連に勤めている人がいたり、大学 の1 年上の人がいたり、その他多くの日本人が住んでいる ことに気がつきました。子供を仲立ちにしての新しいネッ トワークができました。この時の経験はとてもすばらしい ものであり、今でも続いているとてもよい関係です。所謂、 駐在員の世界は同じ会社の人同志が同じ地域に住むのが普 通でしたが、私は敢えて自分の会社の人が誰もいない所に 住んだのが正解だったようです。仕事の方は現地化も進み、 軌道に乗ってきたところでしたが、そろそろ次の人間と交 代しろということになりました。後ろ髪を引かれる思いで したが会社の命令には逆らえません。駐在ももうすぐ6 年 になるという1986 年1 月に帰国しました。帰国後は営業、 企画と廻り、添乗員にも随分と駆り出され、次第に日本で の仕事のリズムを取り戻して来ました。この頃父親が老朽化しているゴルフ練習場をどうしようかと言っていたので それならやらせてほしいと言って手伝わせてもらうように なりました。丁度帰国して2 年後のことです。会社に事情 を説明し退社しました。都合13 年お世話になりました。 さて手伝い出して最初の仕事は練習場の改修ですが、最 終的には鉄塔、打席の構造以外は殆どすべて手を入れまし た。昭和63 年のことですから、まだまだバブルの時期で ありお陰様でその後数年間はその恩恵に浴しました。その 間クラブハウスの建て換えをしたり、機械の入れ換えをし たりと現在まで続いており、やり出したらきりがなく、装 置産業の限界を感じているところです。ただお客様には恵 まれており、地域の人々の憩いの場、ゴルファーの溜まり 場となっておりできる限り続けて行きたいと思い頑張って おります。取り留めのない話をしてまいりましたが、私と いう人間を少しは理解していただけたかどうかというとこ ろでしょうか。 ロータリークラブには、その活動を通じて、多くの人と 知り合い、親交を深め、社会に奉仕することができるよう にと、またお世話になっている方々に少しでも恩返しがで きればと考えて入会をさせていただきました。 まだまだ若輩者でございます。クラブメンバーの皆様の 苦言、叱責そしてまたできればご助言をいただきながら、 皆様からまさに"Fellow","nice fellow"と呼ばれるように努 力したいと思います。最後までご静聴ありがとうございま した。



 



   担当者より  ● 

会 報委員 布施 是清

ち ょっと早いのですが、コマーシャル。 10 月16 日(日)は中央市場の市場まつりが開催されます。 我々市場人が横浜市民の皆様に新鮮で安い美味しい食材を提供 し、半日イベント等で楽しんで喜んで頂こうとするまつりです。 おすすめは本鮪と魚河岸鉄火丼です。会員の皆様、是非いらして下さいませ。


【次週《9 月 9 日》の卓話予定】

「エビとイカとタイの話」
吉橋 佐千男 会員


 



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